和歌山にもあるお台場

お台場といえば東京の台場が有名ですが、和歌山にもあるので好天に恵まれた本日、ピクニックに行ってきました。

ペリーが来航したのは1853年。鎖国をやめて開国することを要求しましたが、江戸幕府は「突然やってきて、開国とは。考えさせてほしい」と答え、理屈にかなっているので、ペリーは「来年来るから、返事を用意しておけ」といったん去りました。

来年来ることが分かっている江戸幕府は対策として江戸湾にお台場を造り大砲を並べました。ところがペリーは翌年1月にやってきたので完成した台場は6つでした。けれども、賢明なことに江戸幕府はぺリ-艦隊に発砲することは命じませんでした。

明治になってから日清、日露、第一次世界大戦、満州事変、日中戦争、太平洋戦争と政府によって戦争ばかりやらされましたが、江戸幕府は戦争を回避するだけ賢明でした。

 

一連の流れで、紀州には1863年、軍艦奉行の勝海舟がやってきて弟子の坂本龍馬を引き連れて紀州の海岸を歩き、台場に最適な場所を見分し、やがて、雑賀崎、加太、友が島など多数の台場が造られることになりました。IMG_6768
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